「自分を知る」ことは、たぶん一生続く【前編】

「自分を知る」ことは、たぶん一生続く【前編】
自分のことって、自分が一番よく知っているようで、実はわからないことも多いですよね
「ジョハリの窓」という考え方にもあるように、
- 自分も人も知っている自分。
- 自分だけが知っている自分。
- 人には見えているのに、自分では気づいていない自分。
- そして、自分にも人にもまだわからない自分。
いろんな「私」がいるんですよね。

だから私は、自分という人間をできるだけ客観的に見ることを、今も大切にしています。
「私はなぜ、こう感じるんだろう」
「なぜ、こんなに反応するんだろう」
「人からは、どんな人に見えているんだろう」
そんなふうに自分を深掘りしていくことが、今はとても面白いんです。(趣味特技)

そして改めて、
「丸山さゆりって、どんな人なんだろう?」
それを自分なりに言葉にしてみたくて、このブログを書いてみます。
「ちゃんとしなきゃ」で育った子ども時代
私は3人きょうだいの真ん中です。
6歳上の兄はダウン症で、年子の弟がいます。
同居していた祖父母は専業農家で、とても厳しい人たちでした。
「女の子なんだから」
「女の子はこうしなさい」
今振り返ると、男性は偉く、女性は従うもの、という価値観が強い家庭だったと思います。
そして私は、よく誰かと比べられていました。
「〇〇ちゃんはすごい」
「あの子を見習いなさい」
そんな言葉を繰り返し聞いているうちに、いつの間にか私自身も、自分と誰かを比べることが当たり前になっていきました。
父や祖母が感情的に激しく怒る姿も、子どもの私にはとても怖かったです。
親や大人は絶対的な存在だと思っていたので、何かを言われた時に、
「私はこうしたい」
ではなく、
「そうしなければならない」
と受け取っていたんだと思います。

「早くしろ」と言われれば、
早くできない私が悪い。
勉強ができなければ、
できない私が悪い。
言われたことができなければ、
ちゃんとできない私が悪い。
いつの間にか、
何かができる自分には価値があって、できない自分には価値がない。
そんな感覚が、自分の中にできていきました。
そして周りと比べながら、
「もっとちゃんとしなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
とやっているうちに、
「じゃあ私は、本当はどうしたいの?」
が、だんだんわからなくなっていきました。

今振り返れば、そうやって自分自身を見失っていったことも、摂食障害になったことと無関係ではなかったのかもしれません。
もしあの頃、
「私は私でいい」
と思えていたら、何か違ったのかなと思うことがあります。
息子を見ていると、時々びっくりする
だから今、息子を見ていると面白いんです。
私が、
「ちょっと急いで」
と言えば、
「急いでって言わないでよ」
と返ってくる。
「そろそろお風呂入って」
と言えば、
「今いいところなんだから。遊んでるの邪魔しないで」
なんて言う(笑)。
ちゃんと言い返せるんですよね。

私は「早くしろ」と言われたら、
「早くできない私が悪い」
と思っていました。
でも息子は違う。
「僕には僕のペースがある」
「今、僕はこれをやりたい」
ということを、ちゃんと伝えてくる。
これって、すごいことだなと思います。
言われたことを全部自分のせいにするのではなく、
「僕はこう思うよ」
と相手と会話ができる。
今やっていることも、自分の気持ちも、ちゃんと自分で肯定できている。
そこは、子どもの頃の私とはずいぶん違います。
もちろん、息子だってこれからいろんな経験をしていくと思います。
それでも、
自分がどう感じているのか。
自分はどうしたいのか。
それを自分でわかっていて、言葉にできることって、とても大切なんじゃないかなと思います。
そして息子を見ながら、
「私はいつから、自分の気持ちを言えるようになったんだろう?」
と、自分自身のことも振り返るようになりました。

私の場合、それが少しずつできるようになったのは、大人になって社会に出てからでした。
看護師になり、たくさん失敗して、人間関係でもぶつかって。
焦りやすい自分。
パニックになりやすい自分。
人との距離の取り方がうまくない自分。
そんな自分の性格と、嫌というほど向き合うことになりました。
でも、その時間があったからこそ、少しずつ、
「自分という人間の扱い方」
がわかるようになっていった気がします。
その話は、また後編で書いてみようと思います。


