「自分を知る」ことは、たぶん一生続く【後編】

前編では、「ちゃんとしなきゃ」「期待に応えなきゃ」と、周りの言葉を基準にしていた子ども時代について書きました。

そんな私が、自分という人間と本格的に向き合うことになったのは、社会に出てからでした。

社会に出て、自分の性格と向き合った

看護師になったばかりの頃は、壁だらけでした。

焦りやすい。
パニックになりやすい。
急ぐからミスをする。

人との距離の取り方やコミュニケーションも、決して上手ではありませんでした。

思いついたらすぐ話してしまう私が、

「今、いいですか?」

と一言聞くことを覚えたり、

相手のタイミングを待ったり、

焦っている自分に気づいて、一度落ち着いたり。

失敗して、反省して、落ち込んで

「じゃあ次はどうしたらいい?」

を何度も繰り返してきました。

Screenshot

そうして少しずつ周りが見えるようになり、医師とのコミュニケーションも上手になったり、患者さんとも落ち着いて関われるようになったり。

いつの間にか周りから、

「仕事ができる」
「バリバリ働いている」
「鋭い」

そんなふうに見られるようにもなりました。

看護師として働いた時間は、私にとって、

「自分という人間の扱い方」を覚えていった時間

でもあったんだと思います。

自分のことは、自分で守る

働く中でもう一つ学んだのが、

自分のことは、自分で守る

ということでした。

具合が悪くなれば仕事を休むことはできたし、周りは心配してくれました。

でも、自分の体や心と毎日付き合っていくのは自分です。

だから少しずつ、自分を整えることも覚えていきました。

そして自分がそういう経験をしてきたからなのか、誰かが自分を犠牲にしている姿を見ると、今でも放っておけません。

「そんなに自分を犠牲にしなくていいよ」
「自分のことも大事にしなよ」

と言いたくなる。

たぶん、昔の自分にも言っているんでしょうね。

嫌われてもいいと思ったら、人間関係が変わった

昔の私は、

好かれたい。
嫌われたくない。
いい人だと思われたい。

そんな気持ちがとても強い人でした。

でも、人に合わせてばかりいると、どこかにモヤモヤが残る。

だから少しずつ、

嫌われてもいいから、自分のことは出そう。

と思うようになりました。

私はこう思う。
私はこれは嫌だ。
私はこうしたい。

必要なことなら、ちゃんと言う。

そうしたら不思議なことに、人間関係は悪くなるどころか、むしろずっと楽になりました。

今は、

「この人は私をどう思っているんだろう?」

と同じくらいに

「この人といる時の私は、どう感じているんだろう?」

も見るようにしています。

ほっとしている?
無理していない?
ちゃんと自分でいられている?

相手を見ながら、同時にそこにいる自分も見る。

そうすると、自分が本当は何を感じているのか、何を大切にしたいのかが少しずつ見えてきます。

昔の私は、周りの言葉や評価を通して自分を見ていました。

でも今は、

「私はどう感じている?」
「私はどうしたい?」

と、自分にも聞けるようになりました。

たぶん私にとって「自分を知る」ということは、性格を分析して「私はこういう人」と答えを出すことではないんだと思います。

人と関わった時。
何かに腹が立った時。
嬉しかった時。
迷った時。
何かを選ぶ時。

そのたびに、

「ああ、私はこういうことを大切にしているんだ」

と、自分のことをまた一つ知っていく。

これから先もきっと、新しく知る自分がたくさんいるんだと思います。

だから、

自分を知るって、自分を決めつけることじゃない。
まだ知らない自分に、出会い続けることなのかもしれません。

そして、それはたぶん一生続く。(これがけっこう面白い)

今の私は、そんなふうに思っています。

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