今日、ヨガの生徒さんに会って私が気づいたこと

「さゆりさんに話せてよかった。」
そんなふうに言ってもらうことがあります。
何かを解決したわけではなくても、
話したことで少しすっきりした。
打ち明けられたことで、少し心が軽くなった。
私は、そんな存在でいられることが嬉しいです。

今日、たまたま銭湯でヨガの生徒さんに会いました。
お風呂の中で話していると、
「最近ヨガを辞めたんだよ」と。(70代後半の方)
首の調子が悪くなったり、腕に痛みがあったりして、
ヨガをすることが少しつらくなっていたそうです。
「そうだったんですね」
そんな話をしながら、「最近は調子がいまいちだから年のせいかな」と話されました。
でも今は季節の変わり目。雨も多く、体が重かったり、眠かったり、関節に違和感が出たり、なんとなくやる気が出なかったり。
環境の変化に体がついていくのにも、エネルギーを使います。
だから全部を「年齢のせい」「自分の体が悪くなったせい」にしなくていい。
こうやってお風呂に入って、体を温めて、ほぐして、ゆるめる時間も大事ですよね。
そんな話をしました。
そして話しながら、私の中にひとつ残ったことがありました。
「つらくなってきた」と、そのときに言ってもらえる関係でありたかったな。
「言ってくれればよかったのに」ではなくて、
もしかしたら私は、
言ってもらえる関係性を十分につくれていなかったのかもしれない。
そう思って、そのこともお伝えしました。

地域の人数が多いヨガ教室では、一人ひとりの体の状態をすべて把握することはできません。
実際、
「今、膝が痛いんです」
「この間転んでしまって」
「今日はちょっと調子が悪くて」
そう伝えてくださる方もいます。
知っていれば、私も動きを調整したり、声をかけたりすることができます。
でも、知らなければわからない。
特に真面目で一生懸命な人ほど、
みんなと同じようにやらなきゃ。
ちゃんとやらなきゃ。
休んだらいけない。
そんなふうに頑張ってしまうことがあります。
先生が少しでも「頑張りましょう」という空気を出していたら、なおさらかもしれません。
でもヨガは、本当はそうじゃない。
痛い動きはしなくていい。
今日はやらない、と自分で決めてもいい。
途中で休んでもいい。
自分の体を観察しながら、
今日はここまで、と決めることもヨガです。
むしろ少し手を抜けるくらいの人の方が、案外長く続いたりします。
「私、そんなにできないから」
そう言いながら、自分に期待しすぎず、自分のペースで淡々と続けている人もいます。
だから私はこれから、
「今、私はこういう状態です」
と伝えてもらえる関係を、もっと大切にしたいと思いました。

先生が知っている。
それだけで、
「今日は休んでも大丈夫」
「無理してみんなについていかなくても大丈夫」
そう思えることもあるから。
無理して、平気なふりをしなくていい。
これはヨガに限った話ではないと思います。
日常には、自分ではどうしようもできないことがたくさん起こります。
自分自身のことだけではなく、
家族のこと、仕事のこと、人間関係のこと。
渦中を乗り越えた人もいれば、
今まさに渦中にいる人もいる。
私にその状況を変えることはできないし、
その人の代わりになることもできません。
できることがあれば、
私が持っている手札を差し出すことはできます。
でも、それ以前に。
「今こうなんです」と話せること。
誰かがそれを知っていてくれること。
それだけでも、
少し心の風通しはよくなる。

ヨガでも、心のメンテナンスでも、
日常の何気ない関係でも。
「ちょっとさゆりさんに話したいな」
そう思ってもらえる人でいたい。
今日、そんなことを改めて思いました。


