自由になる前には、イヤイヤが必要。

私は夫と出会ってから、3歳児になりました(笑)
「やだ〜!やだやだ〜!」
それはもう、一生分の「嫌だ」を言ったんじゃないかと思うくらい😂
本当に嫌だと思ったことは、嫌だと言えたし、時には遊び感覚で「やだやだ〜」と言ってみたり。
そんなふうに、気軽に自分の気持ちを声に出せるようになったんです。
今振り返ると、これってすごく貴重な体験だったなと思います。

子どものイヤイヤ期は、単なるわがままではなく、「私はこうしたい」「これは嫌だ」という自分の意思を確かめていく、自立の大切な過程でもあります。
大人になっても、周囲に合わせたり、期待に応えたり、自分の気持ちを抑えてきた人は、安心できる関係の中で初めて「嫌だ」と言えるようになることがあるのかもしれません。
私にとって、夫はそんな存在だったんだと思います。
嫌だと言っても大丈夫。
自分の気持ちを出しても大丈夫。
そんな安心感の中で、少しずつ自分を取り戻していったように思います。

そして不思議なことに、「嫌だ」と言えるようになると、今度は自分の「好き」や「やりたい」もはっきりしてくるんですよね。
「嫌だ」は、自分の境界線を取り戻す言葉。
「好き」は、自分の人生を選び取る言葉。
自由になる前には、イヤイヤが必要だったんだなと思います。
以前、そんな自分の体験をブログに書いたことがありました。
すると先日、その記事を読んでくださったヨガの生徒さんが、
「嫌だって言うことって、すごく大事なんですね」
と話してくださいました。
その言葉を聞いて、私自身も改めて気づかされたんです。
ああ、自分が生きてきた経験も、こうして誰かの中で生きていくんだなって。
何かを教えようと思って書いたわけではなく、ただ自分の体験を綴っただけ。
それでも、誰かがそこから何かを感じ取ってくださる。
人生で経験してきたことは、決して自分だけのものではないのかもしれません。
自分の人生を生きてきたことが、誰かの人生を生きる力にもなる。
そんなことを感じた、嬉しい出来事でした🌿

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