104歳の書道教室(母息子物語【後編】)

どうして私は、
泣いている息子に

「もういいよ」

と言わなかったんだろう。

そこには、
私自身の経験もあるんだと思います。

私も小学生の頃、
おじいちゃんに書道を習っていました。

何枚書いても、また一枚。

「まだやるの?」

と思ったこともあるし、
みんなが終わって一人残り、
泣きながら書いたこともありました。

当時は、

「なんでこんなにやらなきゃいけないんだろう」

と思っていました。

でも、その経験は
今もちゃんと私の中に残っています。

書くことが好きになった。
字を褒めてもらえるようになった。
書道が自分の得意なものになった。

だからといって、

「厳しくすれば子どものためになる」

と思っているわけではありません。

今回のことだって、
「いい経験だった」と
綺麗にまとめるつもりもありません。

息子にとっては、

「ママが怖かった」
「ママが厳しかった」
「もう書道なんてやりたくない」

そんな時間だったかもしれない。

それでも私は、
楽しい経験だけを
与えたいとは思っていないんだと思います。

普段は結構、自由です。

遊ぶ時は思いっきり遊ぶ。
ハメを外したっていい。

やめることも、
逃げることも、
離れることも大事だと思っています。

でも同じように、

嫌だけどやる。
うまくいかなくても、もう一回やる。
もうやめたいけど、少し踏ん張る。

そんな経験も、
私は大事だと思っています。

私自身が今、

「もうやめよう」
「ここからは離れよう」

と選べるのも、

嫌なことや苦しいことも含めて、
自分なりに踏ん張ってきたから。

「ここまでやった」

と思えるものがあるからだと思います。

だから息子にも、
耐え続ける人になってほしいわけじゃない。

逃げることもできる。
でも、踏ん張ることもできる。

その両方を持っていてほしい。

そして、
自分の「好き」「嫌い」だけで
世界を狭くしてほしくない。

最初は嫌でも、
やってみたら面白くなることもある。

苦手だったことが、
できるようになったら
好きになることだってある。

最初の「嫌だ」だけで、
自分の可能性に蓋をしてほしくない。

だから私は時々、
息子にかなり厳しくなります。

周りから見れば、
そこまでしなくても、
と思われることもあると思う。

それでも私は、

必要だと思えば、
嫌われるところまで関わる。

嫌われたいわけじゃない。
泣かせたいわけでもない。

ただ、

嫌われることを恐れて、
必要だと思う関わりから逃げたくない。

私はたぶん、
そこを大事にしているんだと思います。

そしてもう一つ。

ぶつかった後は、
ちゃんと日常に戻る。

怒ったことと、
大好きなことは別。

悲しい時は悲しい。
楽しい時は楽しい。

いつまでも怒らないし、
いつまでも引きずらない。

泣いて、ぶつかって、
抱っこして、また笑う。

何が正しい子育てなのかは
私にも分かりません。

それぞれの家庭で、
考え方も違っていいと思っています。

ただ私は、

嫌われない母親でいることより、
必要な時に本気で関わる母親でいたい。

そしてぶつかった後には、
またいつもの親子に戻ればいい。

そんなふうに、
息子と関わっていきたいと思っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次